教育現場でキャリア教育用語として狭義の「強み」という言葉が使われ始めたのはいつの頃だっただろう。たしか2000年代に入ってからであったように記憶しています。
当時は、少子高齢化による労働力の縮小が切迫的になり、就職の売り手市場と買い手市場の攻防を解消したいと考える陣営がキャリア教育を推進していた時代でした。
少子高齢化により労働力を労働者数で増強していくことのできない状況で、個々の労働者の主体性にも留意しつつ生産力を向上させるための理論として、個人内で強みを発展させ、一個人の生産性を向上させようというストレングス理論が生み出されました。
自分の強みをキャリア発達のための武器として使う考え方は、いわゆるモーレツ社員タイプにはうまく適合しました。事実、ビジネス本のベストセラーにストレングス理論の書籍が必ず入った時代が10年くらい続きました。
モーレツ社員タイプは、心理学の世界では「タイプAパーソナリティ」と呼ばれています。タイプAパーソナリティとは、競争的でいつも急いでおり、過剰に活動的な人の性格特性のことです。
このタイプAパーソナリティをもつ人には、生産性の高さへの希求的な態度と裏腹に、虚血性心疾患発症をはじめとする生活習慣病のリスクが高いことが臨床研究により報告されました。また、心療分野では、精神疾患リスクとの関連も指摘されています。
強みによるキャリア教育には、多少なりとも強みによって個人内の生産性向上をねらう側面があるため、前述のリスクをもつタイプAパーソナリティを意図的に育てることへの親和性があると、心理学界では当初から指摘され続けていました。
ですが、実際にはタイプAパーソナリティと親和性のあるクリエイティビティ追求型のキャリア教育プログラムが欧米から多く輸入され実践されました。はじめは高等教育から導入され、次第に低年齢化が進みました。
最終的には小学校でさえ、小学生の発達段階にそぐわないような、クリエイティビティの向上を図る欧米由来のキャリア教育プログラムの実践が、文科省の学習指導要領のねらいとはおよそ異なる形で散見されるようにもなりました。
こうして、将来に生産力をもち得る子どもの育成が低年齢から行われる風土が醸成されました。キャリア教育は、強みを核としたクリエイティビティという名の生産性の向上へとシフトしていったのです。
労働者数の増加に期待できない人口構造の中で、個々人の強みを核とした生産性の向上戦略が、すべての年齢層に浸透したのが2010年頃です。
強みによるキャリア発達の理論は、強みという人格特性にキャリア発達の根拠をもたせるため、うまくいってもいかなくても、それは個人の内的価値が原因であるという認知フレームを与えてしまうと考えられました。
つまり、思い通りのキャリア発達を行えなかった際に、それは自分の強みに過失があるのであり、人格特性に問題があるのだという誤解を若者に与えてしまう事態を生み出すということが懸念されたのです。
強みによってキャリア発展させる理論は、就職は時の運であるとか、雇用は景気次第だとかという外的要因をキャリア教育から排除し、生産性をそのまま人格特性と結びつけてしまったことに功罪があるとされました。
それと呼応するように、就職面接では、スキルや知識の豊富さよりも志願者の人格特性を評価する傾向が強くなっていきました。スキルや知識よりも、より結晶的であるパーソナリティを尺度として志願者を評価する傾向が新たに生じたのです。
こうして、就職試験で不合格をもらうことは、自分の人格特性が評価されなかったということと同義として受け止められる傾向が強まりました。
20代におけるセルフエスティーム(自尊感情)の低下の背景に、このような社会的な動向があることを指摘する論文も報告されるようになりました。
また、ドラマなどでも、就職試験に落ちた若者は、勉強が足りなかったとは考えず、自分には価値がないとセルフエスティームを下げる場面が多く描かれるようになりました。
こうして、ストレングス理論によるキャリア教育は、スキルや知識の向上という努力対象の代わりに、強みという人格特性を持ち出すことによって、努力によって得られる獲得対象を若者から奪ってしまったことになります。
そのようなキャリア発達観の只中にある若者に言ってあげましょう。
「強みは武器ではないんだよ。それで戦う必要はないよ。それを売りものにする必要もないよ。あなたは、今を充実させることに集中して良い。今を充実させることの連続が、未来の中身なんだ。」
自分には強みがないという若者には、こう言ってあげましょう。
「自分にはそもそも強みなんてない?そのことに気付いているんだね。強みというのは、誰かにとって都合の良い資質にすぎないんだよ。誰かが、あなたの一側面を強みと呼ぶだけなんだ。それは実体のないものにすぎないんだよ。」
持って育った自己のパーソナリティを問題にするのではなく、ひたむきにスキルや知識の向上のために努力することで、若者が未来をひらけるようサポートしていきたいですね。