Menu
0 Comments

どうして「遊び」が支援になるのか。

認知行動療法と遊戯療法

遊戯療法(プレイセラピー)をしていると、様々な方からどうして遊びが心理支援になるのかという質問を受けます。

遊ぶことで、セルフエスティーム(自尊心)や対人スキルが高まったり、あるいは、不安が低減したり、うつ病が改善するとは、一体どうしてなのかという内容です。

一般的には心に課題を抱えた子どもや若者がセルフエスティームを高めるには、認知行動療法などによる認知・思考へのアプローチが有効だと考えられています。

認知行動療法は、改善プロセスがいわゆる学習のプロセスと似ていることもあり、セラピストとクライアントで共有しやすいという利点もあります。また、行動分析のアプローチも最近は盛んに行われるようになってきています。

もちろん認知行動療法は第一選択となり得るものですが、認知行動療法は無条件で適用できる心理療法ではなく、クライアントの側に条件がある程度求められるものでもあります。

認知行動療法は、認知改善をクライアント自身がある程度目的としている必要があるので、十分に自分の置かれた環境を客観視できていない子どもや若者にとっては、受け入れ難い場面がどうしてもあります。また、行動分析的なアプローチは、子どもに対しては、本人以外の人々の環境改善に頼るところが大きく、支援者中心のアプローチとなりがちです。

その点では、遊びによる遊戯療法は、クライアント自身が遊びそのものを目的化することができるため、クライアントにとって受け入れやすく、モチベーションをもちやすいものだと言えます。

「遊び」の世界

遊びは、前述の通り、それ自体が目的となる行動です。つまり、通常は、何か他のご褒美を目当てにして遊んだりすることはありません。遊ぶことで自我が満足することこそが目的となります。その点では、遊びは他の行動と比較してより自我に直接的に関わる行動であると言えます。

また、遊びと他の行動とが根本的に異なることとしては、遊びの安全性というものがあります。遊びの中では、時に様々な勝ち負けが生まれます。じゃんけん、オセロ、追いかけっこ、鬼ごっこなど、多くの遊びは勝ち負けが伴います。

鬼ごっこは典型的であり、捕まると鬼になるという負けた時のペナルティの大きな遊びです。ところが、遊びの中では実際に捕まると鬼になってしまうものの、遊びが終わるや否や、鬼になった事実は無くなってしまいます。遊びは、現実化・社会化されないという絶対条件があり、そのため安全性の保たれた世界なのです。この絶対的な安全性も、現実の中で認知改善を図っていく認知行動療法のような心理療法とは大きく異なります。

「遊び」と自我

「ただ遊んでいれば改善するのか」と聞かれたら、「いいえ、そうではありません。」とは答えますが、完全に否定することもできません。

なぜなら、遊べば心が元気になるし、逆に心が元気でなければ遊べないからです。その意味では、「遊び」と「心の元気さ」は正の相関関係にあり、どちらか一方が向上すれば他方も向上するものと言えます。

したがって、遊戯療法(プレイセラピー)においては、遊びで心を元気にするという側面(セラピーの側面)と、心の元気さを遊びを通じて知るという側面(アセスメントの側面)とがあります。この2つの側面をセラピストは行ったり来たりしながら、クライアントと遊びを行います。

この往復の中で、セラピストは、クライアントにその時の自我状態について語りかけます。それも遊びを通じた語りかけです。「今の作戦は先の先を読んでいたね?」「こういう戦略は、どういう時に身に付けたの?」「数ある色の中からピンクを選んだのはどうして?」などという語りかけです。この語りかけは、セラピストが何かを知るためではなく、クライアント自身が自分について知るための語りかけです。クライアントは、答えを探す中で、自分が無意識でしていた思考パターンに気づき、その意味を問い始めます。ここに自我の発見と小さな変化が起こる契機が生まれます。このような遊びを通じた自我の問いを、クライアント自身が繰り返していくことで、自我の捉え直しが生まれ、新たな自分へと変化していくのです。

「遊び」の本質

こうして考えると、遊びは、安全性の保たれた下で無意識の優位となりやすい特別な心理モードであると捉えることができます。このモード下では、子どもであっても大人であっても、どう振る舞い、どう語り、どう決断するかの一つ一つの情報が、その人のパーソナリティや自我を表現するものであると言えます。

遊びには、もう一つの特質があります。それは、マインドフルネス心理療法で重視される「今、ここ」Now and Hereに向かう心性を生み出すということです。

心の元気をなくしている人は、大人も子どもも、「今、ここ」から自我が離れてしまっています。

例えば、「明日も学校に行けないのかな」(未来への乖離)とか、「昨日あの人があんなことを言ったのは、私のことが嫌いだからなのかな」(過去への乖離)とか、「今頃、会社では重たーい空気の中で会議が行われているのかな」(異なる場への乖離)とか、「あのコソコソ話は私のことを悪く言っているに違いない」(異なる場への乖離)というような思考ばかりを繰り返すようになっています。

これが、遊びをし出すとどうでしょうか。遊びは、「今、ここ」から離れてしまった自我を再び「今、ここ」に戻してくれます。遊びは、集中すればするほど、心が「今」行っている遊びに向かい、「ここ」でどう展開していくのかに向かいます。

この「今、ここ」への方向性が、遊びの本質なのです。

心の元気を取り戻すためには、このプロセスを、自らの意思で行うことができるようになることが必要です。遊びを通じて体験したこのプロセスを、スキルとして一般化して、いつでも使えるものにすることがプレイセラピー(遊戯療法)の目的なのです。

みらいびらきLabo.では

みらいびらきLabo.では、お子さんの心理支援には主に遊戯療法、芸術療法を用いています。お子さんには、言語による心理カウンセリング支援が向かないこともあるのです。もちろん、お子さんがそれらを聞いてほしいという時には、じっくりお聞きします。ですが、無理に嫌だった経験や思いを聞き出すようなことはいたしません。時には、嫌な思いの再現がトラウマを生み出してしまうことさえあるのです。

遊戯療法カウンセリングの初めには、「遊びが上手にできる人は、たくさんのことが上手にできる人です。」という説明をお子さんにさせていただいています。当会の心理支援に関心をお持ちの方は、画面下部の予約システムによりご予約いただくか、メールにてお問い合わせください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。